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大事な人が亡くなった・・・

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大事な人が亡くなった・・・

母親の姉が亡くなりました。76歳でした。
先々週の金曜日の夕方、母親からおばちゃんが風邪こじらせて酸素を自宅でするようになってるみたいで心配やと。18時30分に実家を出て、自転車で20分かかって行ってきました。ウチが部屋に入ると、娘である姉家族が来てて。ただ、姉は病気なんで気配りやフォローが出来ないんで、ウチと姉の娘とで面倒みて。

おばちゃんを見たとき、認知が出てると感じて。台所の洗い物しながら、お粥作り、冷蔵庫のかなり古すぎる食材を処分して。あと、母親と同じで薬の管理出来てなかったんで、近くの百均でカードケースを買ってきて、1日分の薬入れを作り娘に説明して、実家に帰ってきたのが22時過ぎてて…まだ晩御飯食べれてなくて。

月曜日、紹介状を書いてもらったんで母親の兄であるおっちゃんの車で、ウチ・母親・おばちゃん・姉の娘とで、先月母親が入院してた府立病院へ行ってきました。
なかなか診察が出来ず、検査を少ししては数時間待ちの繰り返しで、おばちゃんがかなりしんどがってて。10時に行って、診察終わって当日入院になったのが16時すぎてました。

日に日に悪くなり、水曜の夜娘である姉が主治医から言われたのが、延命処置のことでした。
木曜日、症状と延命処置の説明を親族集まって聞きました。
肺炎でしたが、感染なのか、アレルギーなのか、リンパや血液で転移したガンなのかわからなくて。
おばちゃんの体力が落ちてたんで、出来る検査が限られてて。それでも、抗生剤やステロイド投与しても数値にあらわれずで。酸素も限界の15㍑入れてたのを、30㍑に水曜から変更し、100にならんといけないのが83で。70になったら、もって1・2日だと。

金曜日、ウチの母親が退院後初めての受診日だったんで、診察終わってからおばちゃんに会いました。
顔がかなりういていて、肩で息してたんで…正直今日もつかわからんって思って。でも、意識があるんでしんどいってずっと喋ってて。それでも、来てくれてありがとう。大変やのにごめんやでって。あと、母親が麻痺が落ち着いたから、もう診察せんでいいと言うたら喜んでて。

でも、夕方一気に40まで数値が下がり…亡くなりました。
おばちゃんの症状で、結核の可能性があったから隔離部屋にいてて、子供は面会許可出てなかったので、ウチの息子が自分が行くの我慢して祈ってたら願いが叶うから見舞に行かんって言うてて。赤ちゃんときから、ずっと可愛がって貰ってたから、顔を見に行くときに泣きじゃくってて。

おばちゃんには、息子もいてたけど…その嫁が親戚付き合いはしませんのでって言う人で。子供嫌いで、息子が小さいときに嫌な目付きされたから、そっからウチも無視してて。なにより、おばちゃんが大変なときに連絡つかず…亡くなる前日、ようやく電話つながったぐらいで。
だから、葬儀も全く協力せずお客さん気取りで、お通夜には遅れるし、ウチと目の前で会って挨拶してもガン無視やし(笑)
初七日終わったあと、お骨の問題で…おじさん2人と姉夫婦がもめて、大声でいい出すしで。母親は、もめると思ってたけど、葬儀あとって想像つかずおばちゃんが可哀想やと震えながら泣いてて。
ウチも、母親と同意見やったし…なにより、みんな疲れてるんやから後日話したらいいんちゃうの?って、ウチが割り込んで意見言うて、なんとか終わりました。

ほんま、情けないなぁ残念やなぁって。一番ムカついたんが、解散したあと例の嫁が兄に向かって「なんで、そんなにキーキー言うてるんやろうねぇ♪」って、ぶりっこ口調で言うてて。

おばちゃん、心配してるやろうと思うけど…安らかに眠ってください。
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